Performed ‘Amy’ in the play ALIAS/舞台「ALIAS」でエイミー役を演じる

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ソーシャル

⬆︎ Tonto (Left), Lone Ranger (Right)

⬆︎ Amy in ‘Penis custom’ (Left), Tonto (Right)

⬆︎ Tonto (Left), Amy in ‘Penis custom’ (Right)

⬆︎ Tonto (Left), Amy in ‘Penis custom’ (Right)

⬆︎ Amy in ‘Penis custom’ (Right)

⬆︎ Lone Ranger (Left), Tonto (Right)

⬆︎ Amy (In penis costume), Lone Ranger (Middle, back), Tonto (Right)

⬆︎ Amy (Middle, Front), Tonto, (Left), Lone Ranger (Right)

⬆︎ Lone Ranger in his dream sits on Amy (in the penis costume)

⬆︎ Amy (Front right, In penis costume) talks to Lone Ranger (Front left)

⬆︎ Lone Ranger (Left) and Tonto (Right) helps Amy to take off her penis costume (Front middle)

⬆︎ Amy just got out from her penis costume (Middle front)

⬆︎ Amy (Middle)

⬆︎ Amy (Middle)

⬆︎ Amy (Middle)

⬆︎ Amy (Middle)

⬆︎ Amy (Middle)

⬆︎ Amy (Middle)

⬆︎ Amy (Middle)

⬆︎ Tonto (Left) is kissed by Amy (Right)

⬆︎ (From left) Amy’s mum, Lone Ranger, Tonto, Amy

Performance details

Title: Alias.

Playwright: Bryan Wade  (1950- ) Canadian

Dir. Joe Amon. Perf. Yoko Kawabata, Jason Cheeseman, Chris Godzivk, and Holly Gardiner. The Studio Theatre, The Grande Prairie Regional College, Grande Prairie. 10-13 Apr. 1997.

[I played the part of “Amy” in an One Act comedy]

Play synopsis: 

While on his way to the Wasteland for a fresh supply of silver bullets, the Lone Ranger suffers an identity crisis but still manages to rescue a woman in distress. The script is written with the Lone Ranger and Tonto.

Source: https://www.doollee.com/PlaywrightsW/wade-bryan.html

作品詳細

作品名: Alias

脚本: ブライアン・ウェイド。

演出: ジョー・アモン。

パフォーマー: 川畑陽子、ジェイソン・チーズマン、クリス・ゴズィック、ホーリー・ガーディナー。

公演場所: グランドプレーリー市、カナダ。

公演日時: 1997年4月10-13日。

(エイミー役を演じる)

なぜ演劇を学ぶためにアルバータ州へ行ったのか?

*この話の続きです:

カナダ留学をする前、福井県で、日本人の英語劇グループ「Fukui Theatre Company」に参加し、生まれて初めて英語のミュージカル「The Sound of Music」で演じた私です。

その後に迎えたカナダ人演出家Ron Dickさんの影響もあり、演劇をもっと本格的に学びたいと思い、カナダにすっ飛んでしまいました。

Ronさんは、アルバータ州のUniversity of Albertaという4年制大学で演劇を学んだと知り、私も同じ場所で学びたいと思いました(⬅︎すっごい単純な動機・・・)

Ronさん曰く、「アルバータ州は天然ガスとオイルで潤ってる州だし、税金がなくていいよ」とのことでした。

カナダ留学に関するガイドブックを買って、University of Albertaの学費や生活費を調べました。すると、いきなり4年制大学に行くよりも、2年制カレッジで最初の2年間学び、その後に4年制大学の3年目に編入する方が学費が安いと知りました。

学費・生活費とも全額自分の貯金を切り崩していくので、少しでも安い方が良いなと思い、まずは2年制カレッジに行くことにしました。

数ある2年制カレッジの中でも学費がすごく安かったのが、このGrande Prairie Regional College。ガイドブックを見る限りでは、美しい湖や自然に囲まれて、良さそうな雰囲気。

地図で見ると、カレッジは、アルバータ州の真ん中に位置する感じ。日本の感覚から「本州の真ん中あたりなら、実家の福井県みたいに温厚な気温じゃないかな。あまりにも北に行くと、北海道みたいに寒いかも〜。でも州の真ん中あたりなら、全然平気だろう」と。

甘かった!

カナダに飛ぶ直前に、福井県の外人バーで知り合ったカナダ人に聞いたら、

カナダは広い国に見えるけど、人が住んでるのは、アメリカとの境界線近くに集中してる。北に行けば行くほど寒いからね。アルバータ州の真ん中あたりって、めっちゃ寒いと思うよ。人もほとんど住んでいないと思うよ。

とさ。

(°◇°;) ゲッ

もう学校決めちゃったやん!!

遅いやん!

州の真ん中あたりだしと思って油断してた!日本の感覚とは違うのね・・・。

(でも、実は、後になって、この選択が正しかったことを知るのですが・・・)

Grande Prairie Regional Collegeで語学学校に通う

というわけで、そんな寒い場所とは知らず、ノコノコと、カナダのアルバータ州にあるGrande Prairieに飛んで行くことになった私。

福井県から、特急雷鳥で、関西国際空港へ。

関空からバンクーバーまでは、ジャンボジェット機。

バンクーバー空港で乗り換えし、 エドモントン空港へ。中型の飛行機でした。

エドモントンから、さらに小型の飛行機(10人乗りぐらい)に乗り換え、グランド・プレーリーへ飛ぶ。

エドモントンを飛び立ってしばらくすると、家やビルは見えなくなり、飛行機の下は森、森、森。

もうね、あの時の飛行機の上から見た光景、今でも忘れません。

緑色の木々が、ひたすら延々と続くの。その木々の中に、1本の細い道が、どこまでも、どこまでも続くの。

目の前に見えるのは、広い緑色の森と、1本の細い道だけ。

私の心の声:おいおい、私、どんなヘンピな田舎町に行くんだよぅ・・・。人、住んでるのかな?超怖いんですけどぉ〜!!

もう飛行機飛んじゃってるし、引き返せないやん!つうか、もし人が住んでなかったら、速攻で帰りの飛行機予約して帰るか・・・。

( TДT)怖いよぉ・・

Grande Prairie Regional College付属の語学学校に通う

Grande Prairie空港に着くと、人は、いました。(ほっ)

空港に、語学学校のホームステイ斡旋者の男性が、車で迎えにきてくれてました。ホームステイ先に車で送ってくれました。ホームステイ先では、カナダ人男性とフィリピン人の奥さんが、笑顔で迎えてくれました。

英語は、独学で日本にいた時から勉強してたので、ある程度はコミュニケーション取れる状態でした。

いや、取れる状態だと思っていました。

でも、フィリピン人の奥さんが、最初の一言「Make yourself at home」(自分の家にいるみたいにくつろいでね)と言ってくれた時、意味が分からなくてポカーン。(汗)

ホームステイ先の二人は「えっ、こんな基礎的な英語も分からん人が来ちゃったの?やべー!」みたいな感じで、不安そうに顔を見合わせてる。

(だって、そういうホームステイのシチュエーションは初めてだから、こういうフレーズ聞くのも初めてだったし・・・と言い訳してみる)

カレッジの建物内でオーディションのチラシを見つける

私の通った語学学校は、Grande Prairie Regional Collegeという2年制大学の付属学校でした。ここです⬇︎:

この学校は2年制大学なので、学校の建物内には、ESLの学生(語学学生)の他に、カナダ人の大学生もいました。

私は、すぐに大学の授業についていけるか不安だったので、最初の10ヶ月は語学学校で学ぶことにしてました。英語のレベルによってクラス分けされ、私は日本で英語を独学してたせいもあってか、最上級クラスに入れました。

語学学校に通い始めて1ヶ月くらいした頃かな。カレッジで「Drama audition!」のチラシを見かけました。

「せっかく演劇を学ぶためにカナダまで来たんだし、オーディションを受けたいな」というワクワクする気持ちと、

「まだ語学学校に通い始めて1ヶ月の私に、カナダ人の演劇学生に混じって舞台で演じる能力があるのか?」と不安に思う気持ちのせめぎ合い・・・。

オーディション当日

そして、ついにオーディションの日が来ました。

オーディション会場の前を何度も行ったり来たり・・・。

カナダ人の学生が、何人もオーディションを受けるために会場に入って行ったり、オーディションを終えて出て来たりするのを横目で見つつ・・・。

私は、怖くて、怖くて、どうしても会場の中に入れない。私の頭の中には、不安が堂々巡り:

私のあまりの英語の下手くそさに、みんなに呆れられたら・・・。

私が全然演技できなかったら・・・。

オーディションって、どんなことするんだろう・・・。

脚本、その場でもらうんやろうか?

結局ね、オーディション時間が始まる随分前に会場前に着いてはいたのに、怖くて、怖くて、一歩もオーディション会場に足を踏み入れることが出来ませんでした。

ホームステイ先に帰るバスに乗りながら、

「くっそぉー・・・・。せっかく会場前まで行ったのに、私ったら臆病で何も挑戦できなかった・・・」と悔しくて、悔しくて。

涙が頬をこぼれ落ち、顔をグシャグシャにして、悔し泣きしたのを覚えてます。

オーディション、リベンジだー!

それから2ヶ月して、またカレッジ内で舞台オーディションのチラシを見かけました。前回、本当はオーディション受けたかったのに、怖くて行動出来なかったことを後悔してた私でした。

今回は、怖くても後に引けないように、みんなに言いふらして回りました。ホームステイ先の両親にも、語学学校のクラスでも。

オーディション当日は、朝からみんなが「今日だね。頑張って!」と応援してくれました。今回もやっぱりめっちゃ怖かったけど、いろんな人に言いふらしてしまった手前、「怖くてオーディション受けられなかった」とは言えません。

「えいやっ!大失敗しても死ぬわけじゃあるまいし!」と気持ちを奮い立たせ、勇気を出して、オーディション会場に足を踏み入れました。

中は、四方の壁を黒塗りにされた、一般的な演劇のスタジオです。スタジオ内では、すぐに「えっと、オーディションですね。じゃ、この脚本のエイミー役のモノローグのセリフを読んでみて」と英語の脚本を渡されました。

「えっ、今すぐ?せめて2、3分とか一人で脚本を読む時間もないの?」と内心驚いたけど。

演出家や、他の学生が見守る中、「ええい、しょうがない!やるしかない!」と、やってみせましたよ。

当時の私の英語力では、「初めて渡された英語の脚本を読みながら、その英文の意味を理解し、その意味に応じた演技をする」なんて高度なマルチタスクは出来ませんでした(苦笑)。

とにかく、声が小さくて聞き取れないんじゃ話にならないので、とにかく声は大声出して、脚本の英文のセリフを読みました。でも英文を読みながらも、その意味は全く頭に入ってこない。自分で読みながら、自分が何のことを話してるのか、さっぱり分かってませんでした。

でも演技のオーディションなんだから、突っ立ってちゃまずいよなと思い・・・。

英文の意味は全く分からないながらも、適当に腕をパタパタ、ヒラヒラしたり、歩いてみたりしました。(はっきり言って、あれは演技じゃなかったな!苦笑)

モノローグが終わると、「じゃ、今度はこっちの男性がトント役をやるので、YOKOはエイミー役のセリフを読んで、会話のシーンやってみて!」と指示があり・・・。

これまた、難題!!

脚本上の、トント役のカナダ人男性が言うセリフを必死で目で追いながら、自分の番が来たら、さっきの要領で大声でセリフを言いながら、英文の意味も分からず腕をヒラヒラ・パタパタ。(もう大根役者もいいとこ)

もう、なんか変な汗が、脇の下からジュワーっと出る、出る。

そして、「はい、ありがとうございました。では、今回のオーディションに結果は、後日電話連絡いたします」ってことで、オーディションが終わりました。

オーディションが終わり会場を出ると、アドレナリンを放出しまくった私は、意識朦朧としながら家路に着きました。

オーディション結果、発表!

とりあえず「オーディションに挑戦」して、自分の出来る限りを尽くしたので、もう後悔はなく・・・。

オーディションを受けたことも忘れていたある週末の午後、家の電話が鳴りました。ホームステイ先の人が留守だったので、私が電話に出ると、

男性演出家:先日はオーディションに来てくれてありがとうございます。おめでとうございます。厳正な審査の結果、あなたにエイミー役をお願いしたいです。
私:な、なんと!!!!わ、ワタス????!! (°m°;) アレマッ!
私:は、はいっ!やります!
男性演出家:あぁ、良かった!あ、そうそう、オーディションの時、言い忘れましたが、ヌードか、限りなくヌードに近いシーンもあるかもですが大丈夫ですか?
私:や、やります!もうなんでも!上でも下でも、何でも脱ぎます、脱ぎます!演じられるなら、もう何でも!
男性演出家:(苦笑)

・・・ってな訳で、

うっひゃーっ、オーディション、受かっちゃったよ!

(゜▽゜;) オドロキー

カナダの舞台公演のために、毎日リハーサル

語学学校の授業が終わると、毎日、演劇スタジオに通い、カナダ人学生達とリハーサルしました。当然のことながら、演出家、役者、ステージマネージャー、その他のスタッフなど、全員が英語が母国語のカナダ人学生。みんな演劇専攻の学生です。

そんな中、私一人だけが、英語が母国語でもなく、演劇専攻の学生でもなく、カナダに到着して3ヶ月目の語学学生でした。

演劇の経験と言えば、カナダにすっ飛んでくる前に、野外ステージで日本人と公演した英語劇「サウンド・オブ・ミュージック」だけ。舞台経験は、その一日だけ。

今から思えば、無謀もいいとこ。

でも、当時は無我夢中で、そんなこと思いもしなかったなぁ。

勇気を出して行動してみると、本当、「ひょうたんから駒」みたいなミラクルが起こるもんです!!

初公演と、アクシデント!

リハーサルを重ねて、ついに初公演日となりました。

私の役、エイミーは、Salon prostitute(パブの娼婦)という役柄。エイミーの母親も娼婦で、同じパブで働いています。パブで働く時のエイミーは、超ミニスカートの上から、等身大のペニスの被り物を被せられて、四つん這いで床を這ってます。お客さんからは、超ミニスカートで四つん這いになってる私のパンティーは丸見え状態です。(ま、娼婦役ですからね)

そこへ、男性役者2人がパブのお客さんとして訪れ・・・。

お話の途中で、この男性役者二人が協力して、私エイミーの等身大ペニスのコスチュームを脱がせてくれるシーンがありました。このペニスコスチュームは、スポンジを筒状にして作ってあってね。ペニスの先っちょ部分に穴が開いててね。直径5cm程の穴だから、私の舞台上での視界はすごく限られていたけど。

リハーサルでは、失敗なく、脱がせることが出来てたんですね、このコスチューム。

なのに、本番初日にアクシデントが!

ペニスコスチュームのスポンジ素材が、私のタンクトップにまとわりついて、なかなか剥がれなくて。私のタンクトップは、ペニスコスチュームのスポンジ素材にくっついたまま、脱がされちゃったよう。

・・・っていうか、私、演技に夢中で、実は、タンクトップがペニスコスチュームに持っていかれちゃったことに気づいてませんでした。ブラはつけてなかったので、舞台上で、胸丸出しで演技続行してました。

驚いたのは、舞台上にいた他の役者達。

「うわっ、YOKOが上半身すっぽんぽんになってる!」と気づき、母親役の女性が、セリフを言いながら、さりげなく私にタンクトップを着せてくれました。

公演が終わってから、会場に来てたお客さんと話す機会がありましたが。あまりにも自然な仕草だったので、これがアクシデントだったのか、それとも脚本通りの演技なのか、分からなかった人が大半でした。

多分、私が演技に夢中になっていなくて、「あれ、タンクトップがない!」と気づいて、慌てふためいていたなら、「あ、アクシデントだったんだな」と、すぐにばれちゃったかも。

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yokopoko

ソーイング大好き❤︎ 1969年4月9日、福井県生まれ。B型、おひつじ座、とり年。カナダのレスブリッジ大学で演劇と人類学を専攻後、カルガリー大学院で演劇を学ぶ。2017年の東京国際映画祭で旦那ラッセル(メルボルン生まれのオージー)と知り合う。2年間の遠距離恋愛を経て結婚。結婚後はシドニーに移住し、毎日ワイワイ楽しく、国際結婚7年目です!(2017年現在)。 Loves sewing! Born & grew up in Fukui prefecture in Japan. Obtained the MFA in Theatre Studies at the University of Calgary, and the BA in Drama & Anthropology (Double-majored) at the University of Lethbridge in Canada. Met my lovely Aussie hubby Russell at the Tokyo International Film Festival in 2007. We had 2 yrs of long distance love. We've been happily married in Sydney since our marriage in 2009.